『出逢いが足りない私たち』 (2013年 監督・脚本:友松直之 原作:内田春菊)街行く人のみんながみんな下を向いて、ケータイやスマホに見入っている。 というか「魅入られて」いる。 このいつも通りの見慣れた光景は、改めて客観視させられると、奇妙な静けさを湛えた光景にも思える。 ネット上の文字をスクリーンに映し出す事で物語を繋ぐ手法は『(ハル)』(1996年 監督:森田芳光)等のいくつかの映画を想起させるけれど、2013年型『(ハル)』かも知れない物語の「端末に向かう女」には「素性を明かしあわず心を通わす誠実な男」などついぞ現れない。 何種類ものSNSで見知らぬ誰かと会話して、本来なら出逢いは十分すぎるくらい足りているのに。 ・・・・・・・・・・ 2人の女が登場する。 片や売れないイラストレーター・河原ヨシミ(嘉門洋子)。 アラサーで実家暮らし。ネット依存症。ハンドルネームは「よんよん」。 さして好きでもない先輩イラストレーターと不倫中。 片や有名女優・吉沢陽子(嘉門洋子・二役)。 派手な噂も立つ芸能人。でもどこかB級タレント的な。 同業者のイケメン俳優とこれまた不倫中。 心が満たされていない、という一点において、彼女らは同類。 接点のない別世界に住んでいた2人は、ネット上の意外な糸で繋がっていく。 河原ヨシミ(嘉門洋子) 吉沢陽子(嘉門洋子・二役) ヨシミがブティックで見かけたかわいいワンピース。 高そうで買うのを躊躇した「あの服」を着て、陽子はヨシミの前に姿を現す。 それは、誰かが自分の欲しかったものを横からかっさらっていってしまった瞬間。 と同時に(とてもうらはらではあるけど)欲しいものをかっさらった憎い相手が、自分が出来そうで出来なかった事を代わりに果たしてくれた瞬間とも言えないだろうか。 あれはきっともうひとりの自分。もうひとりの私。 陽子は、ヨシミとまるで対照的(のようにヨシミには見える)。 細い手足、高そうな服、ふわふわの髪、きれいな肌。 ヨシミが望んでやまぬ多くのものを持ち得ている。 陽子はセックスも自分本位。 かわいいねと褒められながらのワガママ三昧。 不倫相手・トロリンの「都合のいい女」に甘んじているヨシミの願望を、代わりに叶えているかのような。 (でも唯一自分本位が通用しない相手、それが陽子にとっては不倫相手・東条だったりもするのだが。) 〈映画の本筋から逸れるが、「かわいい」と呼ばれる事柄を作る要素って、つくづく記号というかイメージの産物だよなあと思ったり…。なぜなら陽子を羨むヨシミのセリフで挙がる「細い手足、高そうな服、ふわふわの髪、きれいな肌」を観客に提示するのは、他ならぬ(ヨシミをも演じる)嘉門洋子なのだから。無論、嘉門は両者を鮮やかに演じ分けているが、「持つ者」と「持たざる者」とが同じ俳優によって演じられる事で、その「所詮イメージじゃねえか感」はより顕在化する。〉 ・・・・・・・・・・ 「エロティックサイコサスペンス」と銘打たれた本作(R18作品)には、そのキャッチコピーの通りにセックスシーンはふんだんに盛り込まれており、過激さもかなりあると思う。 このあたり(セックスシーンの回数や描写)はピンク映画のフォーマットにほぼ則っているのだろうが、ただしそれらはすべて嘉門洋子が一手に受け持って演じている。 (ピンク映画では、1作につき2〜3人の女優が裸のシーンを演じるのが一般的。) さらに、ピンク映画では通常60分前後の尺のところが、本作では全長約70分の編集に。 この10分の差が、エロシーンも含めての、作品全体の厚みをもたらしているかと。 セックスシーンの数々は、エロくもあり、かつ痛切さもあり。 いわゆる「絡み」部分は、エロシーンとして物語から分離しているわけではなく、きちんと流れの中にあって映画の進行に寄与している。 2人の女は、それぞれの激しいセックスのさなかに、物語の根幹に関わるような切ないセリフを吐くのだ。 ・・・・・・・・・・ ラストでは2人の女が遂に互いの人生に浸食し合い(比喩的に言えば)食いちぎりあうような、いささかダークネスな展開をもって物語が終わる。 とはいえ、このラストをことさらダークなものに捉える必要もないように思えて。 もうひとりの自分(まさしく「本当の自分」ってやつか)に自分自身が食われてしまったとて、内田春菊が紡ぎ、友松直之が拡げた、この「エロコワかわいい」ガーリー世界には、それすらも「だから何?」と笑い飛ばすような、乾いた感覚が貫かれているから。 ヨシミと陽子のことを、本質的な意味で「バカ」と言える人なんて誰も居ない。 だるくてものが考えられなくなって、何もかもわからなくなって。 でもそんなの現代を生きる我々なら、皆似たようなもの。 男も女もない。年齢や年代も関係ない。 あなたも私も、同じだよ。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 嘉門洋子の演技は以前に『不倫純愛』(2011年 監督:矢崎仁司)で観ていたが、あの映画のミステリアスで儚げな美女とは一転、本作ではすっぴん(実際、ヨシミ役の自宅シーンでの様相はかなりノーメークに近い)でボサボサ頭のアラサー女を演じる。 ダラッとした部屋着で、起床してすぐ寝ぼけ眼でパソコンに向かう姿など、ただもう身につまされてしまう。 ゴージャス美女たる陽子役との二役を演じ、なおかつ同じ役の中でも激しい感情の変化を果敢に演じ分ける彼女の、今日〈こんにち〉に至るまでの精進を思う。 ヨシミ 陽子 ヨシミの姉役に佐倉萌。 女同士、それも姉妹同士の、互いに虚栄心の固まりのような間柄を、安定の演技で表現している。 姉妹がポンポン言い合うやり取りは、さも普通の姉妹ゲンカのようであるが、腹の底では相手を相当に見下しあっている。 (殊に、親にかわいがられる妹をずっと妬んでいた姉は、かなり憎しみが深そう。) 姉は妹の未来をある種「予言」するのだけど、妹を貶めて勝ち誇りたいのは、自身もまた満たされていないがゆえ…のような。 ヨシミの姉・カズコ(佐倉 萌) ヨシミの母役に(お懐かしや!)沖直未。 若き日は自身も「イイ女」として名を馳せた彼女が、2人の娘を育て年齢を重ねた母親を演じる。 姉妹間の確執を紐解けば、その根は両親に(というかおそらく母親に)行き着くのだろう。 この母もまた、さりげなくも重要な人物である。 ヨシミの母(沖 直未) ヨシミの先輩イラストレーターにして不倫相手である、ハンドルネーム・トロリン役に藤田浩。 乳母車を押す「太った奥さん」(佐倉萌の二役と思われる)を連れて商店街を歩く時の、他のシーンの軽薄さとは違った優しげな表情がいい。 (この表情があるとないとでは、この男の人物像がまた少し異なってくるだろう。) そして不倫話には定番のこの「彼氏が妻子と一緒に居る場面に遭遇する」というシチュエーションは、やはりお決まりの如く、ヨシミのプライドをズタズタにしてしまうが。 ヨシミの不倫相手・トロリン(藤田 浩) 陽子の不倫相手である、イケメン俳優・東条良識〈とうじょう よしき〉役に津田篤。 (にしても「良識」〈りょうしき〉と書いて〈よしき〉と読ませるって、スゴいキャラ名だ。) この男は空虚だ。何も見ていないような目が、冷え冷えとする。 もしかしたら本作の登場人物中で最も空虚なのは、東条かも知れない。 陽子にすれば、きっと連れて歩いて人に自慢したい素敵な相手。でも酷薄。 イケメン津田篤が、氷の微笑みにて的確に演じている。 陽子の不倫相手・東条良識(津田 篤) 本作にて人物と同等に非常な存在感を放つのが、随所に出てくる「ネット上の言葉」の数々なのだが、これらはその内容の「あるある」感も含めて大変秀逸。 (細かく読んでいくと、面白くてクスッと笑えるものやら、鋭くてビクッとするものやら色々。) 「(任意の人間の)ネット書き込み」や「よんよん」ことヨシミのメールやチャットの文面など、脚本上においてもきっと重要なポイントだったのではないだろうか。 また幾つかの架空のSNSも画面に登場するが、これらのインターフェースがまた笑っちゃうほど良く出来ていて(本当にありそう!)完成度が高い。 こういった点も、優れた映画美術の一環と言えよう。 〈了〉 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 【映画公式HP】 http://deaiga-tarinai.com (※HPトップを開くとまず予告編動画が流れる仕組みのページです。開く際は音声・映像等、ご注意くださいませ。) ●ストーリー メール、SNS、出会い系…。 ネット普及率79%の現代を象徴し、社会問題にもなっているネット依存症。 河原ヨシミ(嘉門洋子)もそんなひとりだ。 自称イラストレーター、パラサイトアラサ―、妻子持ちと不倫中。 日々の閉塞感から逃れるために、ネットにのめり込むヨシミだったが、 あるとき、SNSのアカウントが乗っ取られていることに気づく。 誰かが自分になりすましてネット逆ナンし、男とヤリまくっているらしいのだ。 「そんなの許せない!」犯人をつきとめようとするヨシミだったが…。 ネット内の虚構世界による現実への侵食。崩壊のプロセスはもうはじまっている!? (※公式HPより抜粋) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 『出逢いが足りない私たち』 BEAGLE 配給 2013 / 日本 / 1h11 監督・脚本:友松直之 原作:内田春菊(祥伝社刊) キャスト:嘉門洋子 / 藤田 浩 / 佐倉 萌 / 津田 篤 / 阿部隼人 / 倉田英明 / 上田竜也 / 沖 直未 / ほか ※DLP上映 レーティング:R18+ 9/14(土)~9/20(金) 限定レイトショー 連日夜21:00より1回上映 池袋シネマ・ロサ (池袋西口・ロサ会館) 03-3986-3713 東京都豊島区西池袋1-37-12 ロマンス通りの中に入って約60メートル程先の左側にロサ会館があり、そのロサ会館を回り込んだ角に映画館の受付入口があります。 池袋西口駅前の地上に出てから徒歩2~3分です。 (※シネマ・ロサHPより抜粋) 9/14(土)初日舞台挨拶決定! 登壇者(予定): 嘉門洋子、 内田春菊(原作)、 友松直之監督 ※当日午前11:45より、劇場窓口にて入場整理番号つきチケットを販売。 おひとり様4枚まで(前売券使用可)。 その他、詳細は劇場まで。 【シネマ・ロサHP】 http://www.cinemarosa.net/ 【シネマ・ロサ ツイッター】 https://twitter.com/Cinema_ROSA ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 〈注〉 ※9/14(土)公開『出逢いが足りない私たち』のサンプルDVD(友松直之監督より拝借)を鑑賞しての、宣伝用の公開前レビューです。 ※掲載画像は、必ずしもストーリーの進行通りには並んでおりませんのでご了承ください。 ※キャスト・スタッフのお名前ともに、敬称は省略させていただきました。 ※上記のストーリー紹介は映画の公式HPより抜粋しています。 (実質的には、友松直之監督のブログの「ホームページ文章添削」の記事からコピペした文章がベースです。) ※上記のキャストや劇場案内等々はシネマ・ロサHPより抜粋しています。
by hamanokani
| 2013-09-14 21:00
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